「あの…これ…」
「えっ??」
そこに立っていたのは、だいたい同い年くらいの青年だった。身長はすらっと高く、多分光彦ぐらいあるだろう。髪の毛は軽くウェーブがかかっていて耳のあたりまで伸びている。所々に薄い桃色のメッシュが入っているが、不自然ではなく、逆にそのこぎれいな格好を上手くまとめているようだった。そんな長身には不釣り合いなくらい、小さく軽く膨らんだクラッチバックが小脇に抱えられていた。
「あー、やっぱりお兄さんのやわ。ちょっとすんまへんね〜パスポート落ちてるのみつけて、中身見させてもらったんですわ。したら、えらくええ男が写ってはったから…」
「は、はぁ…」
その青年は、俺と華を交互に見て、そしてにっこりとほほ笑んだ。なんというか、さわやか過ぎるその笑顔はこの時期には不釣り合いで、彼の周りだけ春の気配が漂っていた。そんな雰囲気にさすがの華も懐疑心を抱いているのか、非常に警戒しつつ相手を観察しているようだった。だが、俺にはそんな懐疑心を抱かせるものは感じ取れず、むしろ何かどこかで会ったことのあるような気すらしたのである。
「じゃ、これ…はい。」
「ど、どうもありがとうございます!」
「いやいやそんな…拾ったら持ち主に届ける、これは常識ですわ。」
華も、とりあえず拾って貰ったことに対する感謝の念を表しているようだった。ただ、表情は相変わらず固く、俺はすかさずフォローを入れるしかなかった。
「すみません、こいつが馬鹿みたいに国内旅行なのにパスポート持ってくるから…」
その一言に華は何か吹っ切れたようで、いつものように俺に突っかかってきた。
「そ、それはかおちゃんが悪いじゃん!?」
「は、はなが最後まで話きかないから…」
そんな風に俺と華がもめ始めると、彼はじーっと俺の顔を見つめそしてぼそっと俺に話しかけた。
「か、かおちゃん??あんた、もしかして『かおる』くんっていうん??」
「は、はいそうですが…」
襟首をつかんでいた華も一瞬手を緩め、俺達は彼を見つめた。
「もしかして、『すずきかおる』くん??」
一瞬の沈黙。
―もしかして、俺のストーカーであろうか…。いや、そんなはずはないだろう。うちの大学でとうとうミスターに選ばれてしまった華のストーカーならともかく、一般庶民の俺にストーカーがいるはずがない。しかもここは東京からはるか遠くにある京都である。どんなに熱心なストーカーであってもわざわざ高い旅費をかけて京都まで来るとは思えない。では、なに…もしかして警察?? でも、なにもしていないぞ、俺…。もしかして、この間スーパーで試食品を食べすぎたから…!? いや、そんなことで捕まるはずはない…
あまりの動揺にいろいろと意味のわからないことまで考えてしまう俺。だが、華は俺以上に驚いているようで、先ほど拾って貰ったばかりのパスポートをまたも足元に落としてしまっている。
俺も意を決して相手に話を振ってみた。
「は…はい、そうですけど…でも、なんで俺の名前を……?」
そういうと、彼もこちらが驚いていることに気がついたらしく、顔をくしゃっと緩め何かをつたえようとしてきた。
「あ、いきなりで驚いてしもーたよね??あ、えーと…修学旅行で。って言えばわかるかな??」
「修学旅行………」
俺は一生懸命『修学旅行』というタグからこの男に通じる何かを見つけようとした。身長の高い、すらっとした男…修学旅行…そしてこの何とも言えない安心感を与える喋り方…
その時だった。脳内奥深くにある引き出しからひょっこりと顔を出した記憶…。
「あっ!!もしかして、あの時の!!」
俺がハッとして彼を見つめると、彼はまたもやニコッと微笑んだ。
「あ、思い出してもらえました??」
「あなたは、『三条』さん…『三条桜』さんですか!??」
「はい、もちろん。お久しぶりですねぇ。」
にこっとしながら笑いかけるその男。どこかで会ったことがあると思ったのも間違いではなかったのである。
この俺と突然現れた親切青年の間柄に一番の疑問を抱いたのは、まぎれもなく華であった。
「ねぇねぇ、かおちゃん…この人だれ??」
俺のシャツの袖をくいくいと引っ張りながら小声でささやく華。あきらかに人見知りしているようで、俺の陰に隠れて彼の動向をうかがっている。俺はそんな華を安心させるために彼の紹介を始めた。
「あ、この人は三条桜さん。茶道の名門家、三条流の家元の息子さんでね。俺が中学の修学旅行でさぁ…」
道端で突如始まった回想に華はいつになく真剣に聞き入っているのだった。
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